スマートフォン専用ページを表示
彦根城
琵琶湖の湖畔に建つ彦根城の紹介です。幕末の大老井伊直弼が有名ですが、戦国時代には井伊の赤備えと言えば鬼神も避けると言われたほどの武勇に秀でた家風を誇っていました。
- 1
2
次の10件>>
2008年03月22日
天守閣の石垣
正面から見た彦根城の天守閣です。破風が美しく積み重なるように見えます。
>>続きを読む
【天守閣の最新記事】
天守閣
posted by 彦根城 at 17:05|
天守閣
|
|
馬屋
元禄時代に立てられた大きな建物です。常時十数頭の藩主用の馬が飼育されていたと言われています。
内部には21の馬立場と馬繋場が設けられていて、東の端に馬を管理する小部屋が設けられています。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 16:05|
城内の建物
|
|
鳳翔台
玄宮園の中の築山に建つ趣のある建物です。
一般者は9時から16時までの間、入場できます。薄茶に茶菓子の振る舞いを受け、庭園を鑑賞するのも一興でしょう。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:57|
城内の建物
|
|
玄宮園
大池泉回遊式の城郭庭園です。延宝5年に槻御殿と同時期に増築しました。
構成は中国湖南省洞庭湖にちなんでつけられた近江八景や琵琶湖の竹生島などになぞられています。玄宮園の名は唐の玄宗皇帝の離宮から取られました。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:47|
庭園
|
|
楽々園(槻御殿)
槻御殿(けやきごてん)とも呼ばれます。
第四代藩主の井伊直興が延宝5年(1677)から同7年にかけて建築したものです。木材が全て槻を用いました。幕末の高名な大老井伊直弼はここで生まれました。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:35|
城内の建物
|
|
着見台(月見櫓跡)
櫓は残されていませんが石垣の上から彦根の街を一望できます。もとは5間×6間四方の二重の櫓があり着見台と呼ばれ、月を愛でる観月雅会も催されていました。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:19|
櫓
|
|
太鼓門櫓
本丸の表口を固める櫓門です。時を告げる太鼓が置かれていたことから太鼓門櫓と呼ばれるようになりました。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:09|
櫓
|
|
大手門口
大手門口の石段です。ちょっと以外だったのは人がけが疎らで森閑としていたことでした。表門口の喧噪が苦手な方はちょっとと廻ってこちらから登ると良いと思います。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 15:00|
登り口
|
|
表門口
表御殿のあるがわの登り口です。大手門口と共に多数の観光客が登ります。さすがに表口らしく道幅は広く、石段も綺麗に整備されています。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 14:53|
登り口
|
|
黒門
天守閣のある本丸へ登るには4つの通路があります。一番人寂しいのが黒門の通りです。天守閣の直ぐしたに降り口があり、天守閣が乗る壮大な石垣の壁を見渡せます。
>>続きを読む
posted by 彦根城 at 14:44|
登り口
|
|
- 1
2
次の10件>>
検索
ウェブ
記事
最近の記事
(03/22)
天守閣の石垣
(03/22)
馬屋
(03/22)
鳳翔台
(03/22)
玄宮園
(03/22)
楽々園(槻御殿)
(03/22)
着見台(月見櫓跡)
(03/22)
太鼓門櫓
(03/22)
大手門口
(03/22)
表門口
(03/22)
黒門
(03/22)
外堀
(03/22)
表御殿
(03/22)
解体されなかった理由と明治以後
(03/22)
天秤櫓
(03/22)
天守閣
(03/22)
天下普請の築城とその後の補修
(03/22)
築城の経緯
カテゴリ
櫓
(2)
日記
(0)
歴史
(3)
城内の建物
(5)
天守閣
(2)
石垣と堀
(1)
登り口
(3)
庭園
(1)
My Site
ツーリングトークバイク談義
RDF Site Summary
RSS 2.0
広告
この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。
以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。
・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。
posted by
Seesaa ブログ